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がん病棟からの生還
“ がん”と の 戦 い
!!
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名医 と の 出 会 い ――
“より優秀な医師や病院を選択しよう”
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初めまして! “彩 企画 ” の代表 三浦 節子 と
申します。
この写真は、若き日の私と親友の写真です。
この数年後、彼女は“胃がん”で旅立ってしまいました。
この笑顔が忘れられず、何もしてあげられなかった悔しさで長い、長い10年間を過ごしました。
よい病院、優秀なドクターを探してあげることが出来たら、彼女は助かったかも・・・しかし、私にはそのような情報はありませんでした。
この情報を提供する事で、私と同じように苦しんでいらっしゃる方々の救いになれば幸いです。
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もし、ある日突然あなたが、あなたの家族が、がんと宣告されたら
あなたはどうしますか?
誰でも良い医師のもとで良い治療を受けたいと願うのではないでしょうか?
そうです!!まずしなければいけないことは、どこで治療を受けるかを決めることでしょう。
診断を下したその病院で治療を受けるのか?あるいは他の病院に転院するのか
?さらに転院するのならどの病院にするかも決めなければなりません。
自分のがんに合った治療は
専門病院・専門医を見つけることから始まるのです。
よいドクターに出会うことであなたの人生はかわるのです。あなたの選択さえ間違えなければ・・・・・
早く治して家族の笑顔に会いに帰りましょう。
まずは、喜びの声をご覧下さい。
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患者も勉強・・・・福島県 プラスワンさん
53歳と4ヶ月、肛門科にて触診の結果直腸癌と診断、病院から自宅へどうやって帰ったか全く覚えて居ない。
頭が真っ白で...只私は「誰の事だろう…」と、、、
すぐに紹介された市立病院で再検査、やはり触診で直腸癌と解り、これからの検査の日程と手術の予定の話し合い。それでもまだ私は信じられなくて悲しみと恐怖の日々でした。知り合いに相談し納得の行かない私は市内から隣の市の病院へ...運は良かった。本当に運が良かった。転院して良かった。癌は癌でも手術の方法が全然違ってた。病院は選ぶべきです。一時ストーマで生活し3ヶ月後に肛門閉鎖術...今は排便障害が多少有るものの6ヶ月の後完全に社会復帰し転移も見られず頑張って居ます。 |
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偶然がんが見つかって・・・ 長野県 たかちゃんさん
北海道への気ままなバイク旅から帰ってきて、通常の仕事に戻ったら何となく元気がない。
きっと旅行で疲れているので、風邪でも引いたんだろうと、かかりつけの近所のお医者さんへ「風邪の診断書」を書いて貰って、もう少し休みを延ばそうと思い出向いたところ、簡易な血液検査で赤血球の異常(要するに極度の貧血状態)が見つかったのがまず最初の異変発見の始まりでした。
翌日もう一度、今度は潜血検査用のサンプルと、再度精密検査用の血液サンプルを採る事になり、週末を過ごした月曜日、この日は出勤せずに家で待つように言われていたので電話連絡を待っていると、昼少し前に直ぐに医院まで出向くようにとの電話がありました。
潜血が有る事、貧血の程度はかなり重篤で、通常の半分も酸素運搬能力が無い事、血中の鉄分も大幅に少なくて通常の四分の一も無い事・・・大変な状況でした。
早速、その日直ぐに外来で内視鏡検査してくれる病院を探してもらい、いくつかは緊急ではないので予約を入れて一週間程度待つ必要が有ると言われた中で、今回今現在も入院している病院で直ぐに診てもらえる事になり、午後にまずは胃・十二指腸と検査をしてもらいました。
でも、これらにはまったく異常なし
続いて直腸、S字結腸・・・と見てきて、横行結腸に、狭窄部分が見つかりました。
それも、殆ど腸閉塞になるかもしれない程の状況で。
ただし、この時点では癌かどうかはわからず、腸閉塞での緊急事態を防ぐために、ともかく直ぐ入院して手術が必要と言われたのですが、仕事の手配と家族の調整に一週間だけ時間をもらい、翌週に入院、手術できないほどの極端な貧血改善のための新鮮赤血球点滴を3日だけ受けて(運良くそれだけで手術可能になったので)入院4日目に横行結腸部分及びその周りの組織の摘出手術を受けました。
そして、取った組織の検査の結果、進行度は腸壁を抜けて外まで頭が出ている癌が見つかりました。
自分で思うには、本当に運が良かった・・・それだけです。
実際、貧血の程度からすると、ある病院では貧血改善に4ヶ月程度は通院治療をして、その後数値改善が見られれば手術も可能です・・・との話だったのですが、そんなの待っていたら、多分その4ヶ月後に当たる今ごろは、余命数ヶ月だった可能性が高いと私自身は考えています。
手術後の経過は順調で、退院後に受けたPET検査等でも、いまのところ転移の徴候はみられていません。
ただ、主治医と話しあった結果、社会的・個人的制約が無いのなら、入院して抗癌剤治療をしておいた方が、5年後生存率が少しは上がる可能性が高いと言う事で、今現在その治療を受けている最中です。 |
また、このような残念なお言葉も頂いております。
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2年前に肺癌で父を亡くしました。
大学病院で半年に一度胸のレントゲンをとり、信頼しきっていたのに、症状がでたときには、転移のある末期癌で、即入院となりました。
後からきくと、担当医が「おや?」と思いながら、専門医に見せることも、CTを撮ることもなく放置してしまった当時の症状はすでにステージIIIで転移もあったとのことでした。
それから、臨床試験による抗癌剤治療を始めてわずか2ヶ月。
副作用の間質性肺炎の痛みを抑えるモルヒネによる呼吸抑制で父は息をひきとり
ました。
あまりに短い時間に検査、治療、なれない病院生活とたくさんの変化にひとつひとつゆっくり考える時間がなく、「ああすればよかったのでは?」等後悔ばかり残ってしまいます。「もっと声をだせばよかった」と今後悔しています。
治療を受けるのは父でも、もっともっと貪欲に説明を求め、貪欲によりいい方法を探るべきだったと。
積極的な治療だけが、最善の道ではとない立ち止まって考えるべきだったと思っています。レントゲンの見逃しに謝罪も説明もない病院にも、必要最低限の説明しかしない担当医にももっと貪欲に声をだすべきだったと後悔しています。
今、病気と闘っている皆さん!どうかあせることなく、ひとつひとつの問題に家族と医師が一緒に考え、その人によりふさわしい方法を探ってください。 |
日本においてがんは、昭和56年(1981年)以来これまで25年にわたって死因の第一位を占め、現在もなお増加の一途をたどっています。
そのため今や、3人に1人はがんで死亡する時代といわれています。
一方、近年のがん医療の進歩は目覚しく、治療後の生存期間は格段に延長し、治癒するがんも増えています。しかし、社会通念としてがん=死のイメージは根強く、がん告知の状態はさまざまであり、 また治療法はますます複雑化しております。
そんな中、今“より優秀な医師や病院を選択しよう”という動きが強くなっています。
私は、この憎きガンで大事な人を二人失いました。
一人は中学時代からの親友で、10年前に胃がんでした。
彼女は他の臓器からの転移でしたが、詳しいことは家族にも知らされていませんでした。
亡くなる1年ほど前、子宮筋腫の摘出手術をしていたのですが、
手術にかかった時間があまりにも長く、彼女の家族共々疑いの気持ちから未だに抜け切れていません。
もっと違う病院に掛かっていれば・・・その病院はあまり評判のよくない病院だったようです。後悔の日々です。
そして、病床の彼女にかけた言葉、「頑張って!!」彼女は「なにを頑張るの?」私は絶句してしまいました。その後、掛ける言葉が見つからなかったのです。私は精神的にも彼女を助けてあげることが出来なかったのです。その悔しさが10年経った今でも私を苦しめます。
あれから、10年・・・私は今、がんを宣告されたあなた、家族のがんを宣告され、失意のなかにいらっしゃるあなたのために、その道の名医と言われる先生をそれぞれの治療法とともにご紹介することで何かお手伝いが出来ればと思っております。
それが若くして旅立ってしまった大事な友への供養になればとの思いです。
あきらめないで下さい。
必ずあなたにあった先生がいらっしゃいます!!
思い起こせば、現在80歳になる私の母は、40年前子宮がんの摘出手術を受けておりました。幸いにも再発することも転移することも
なく、元気に過ごしております。これも、地元の婦人科の先生にご紹介頂いた東北大学医学部の産婦人科での手術が母の命を救ってくれたのです。このとき、違った病院で手術をしていたら・・・と思うと
“ぞっと”いたします。
つくづく、病院選びの大切さ
を痛感いたします。
それでは医療現場からの提言をご覧下さい。
日本のがん医療を変えよう委員会
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これからのがん医療に必要な5つのこと
聖路加国際病院 理事長 日野原 重明 先生
1.がんを未然に防ぐこと
がんを引き起こす原因として、遺伝子以外に、食べ物や喫煙など生活習慣があります。遺伝子の人はやむおえないとしても、環境とか食事その他によって起こるがんがあれば、それを未然にとめる、すなわち未病の段階で対処することが一番大切なことだと
考えます。
2.早期発見、早期治療
たとえ具体的な症状がなくても、精密な検査で早く発見をして、外科療法や放射線療法、化学療法でがんを取り去ってしまえるようにすること。そのためには、検査技術
の向上、検診の普及、さまざまな治療法の発展が望まれます。
3.がんとともに長く生きる
たとえ早期に発見できなかったとしても、化学療法や免疫療法といった治療法の進歩により、現在は、かなり延命を期待することができる時代です。
がんという病気をを持ちながらも、延命することによって、それぞれの人が持っているさまざまな使命を果たすことができるように、医療者は最大限の援助をしていかなくてはなりません。
4.QOLを最大限に高める
残念ながらことにがんが進行して回復するめどは立たないけれども、残されている余命をご本人にとってできるだけ価値のある、意味のあるものとして、苦しみ無く過ごせるように配慮すること。もちろん、余命というものは簡単に判断することができる性質のものではありませんが、残された命を、出来るだけ深く生きることによって、最期に「生きてきてよかったね」と思うことができるような医療、ホスピス的な医療の充実が望まれているのだと思います。
5.家族のサポート
愛する家族が亡くなってしまう、ということは、激しい喪失感をご家族にもたらします。
愛する人を喪失したショックを受けているご家族や周囲の方たちが、死の悲しみから少しでも早く立ち直ることことができるよう、彼らを精神的にもサポートすることが必要です。
医学の進歩、医学だけではなく、アートや心理学の進歩、あるいは経済的な問題の解消、それらさまざまな面が進歩し充実することによって、これからのがん医療にとって必要な、以上の5つの面すべてを非常に高められた状態にすることが必ずできる、
私はそう思います。
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医療に愛を!!
聖路加国際病院 理事長 日野原 重明 先生
心を開いた医療を
現在のがん医療の現場では、患者や家族が、医師に説明を求めたり、言いたいことを言ったりするのを遠慮しています。患者は言いたいことを十分の一も言えていません。
逆に医師は、自分は患者に十分情報を伝えた、と思っています。しかし、患者は、診察室で医師を前にしての緊張からか、医師の話を十分に理解して自宅に帰る、ということはあまり多くないように思います。
十分に理解し、納得のいく治療を受けるためには、医師がもっと心を開いて、診察に臨まなくてはいけません。難解なことも分かりやすく噛み砕いて伝え、患者に「なんでも質問していいですよ」と促すことができるように、医師は態度を変えなくてはいけません。
それと同時に、聞く方は出来るだけ準備をして診察に臨むようににするといいと思います。自分の体の状態も準備をして、意思や感情を上手に表現する。医師が書いてくれるとは思わず、自分で病歴を書く。そして、病歴を説明しながら、何が自分にとって問題なのか、経済的な問題や家庭の問題など、抱えているさまざまな問題を医師に知らせることができると、ずいぶん医師の対応も変わってくると思います。
また、医師はただ診断を下すのではなく、診断に付け加えて、患者が抱えている問題や悩みを話しやすいように、オープンマインドをいつももつことが必要です。現在の医療では、医師は「このような症状はありますか」とか、「このような痛みはありますか」といった質問ばかりをしています。しかし、医師が質問したり説明したこと以外に何か聞きたいことがありますか、というオープンクエスチョンを最後にするようにして、患者・医師のお互いの問題をはっきり出し合うことが重要です。問題を出し合った上で、第二第三の意見が必要だと感じれば、ためらわずに紹介する。そして、その意見を聞きに行くことが医師に対する不義理ではないということを名言する。そうすることによって、患者さんはもっと楽に、もっと自由に行動することができるようになるのではないか、そういう風に思います。
医療者は愛の心をもって
がんを患っている人を前にしたとき、医師はそのがんを治そうと躍起になるあまり、がんを持って悩んでいる人間ではなくて、臓器や組織として、その人を見てしまう事があります。診察室にやってきたのは、「〇〇さん」ではなく、「胃がん」なのだ、と。たしかに、医学の対象というのは、臓器や組織などのモノであり、そのような見方は、科学的な方法、ということもできます。ところが、もしその人が私の愛する人だという場合には、医師の対応はしばしば、違ったものになります。
私は、医師として治療法を説明する際に、もし私の最愛の妻とか子供がそうなった場合には、私はこのような治療法を選択します、という説明の仕方をこれまでしてきました。
それは、医療者というのは、病む人を支える、という使命をもった職業だと考えているからです。
辛い悩みを患者さんと一緒に経験して、悩みながらも最善な科学的なものを与えよう、
という使命感が医療者には必要です。ですから、医療者の方たちには、いつもこれが自分の奥さんや子供に来たんだ、そういう患者がいるという思いをもって欲しいと思います。患者さんの背中に手を当てて、つらいけども、一緒に乗り越えましょうね、と。
がんサポートキャンペーン
日本のがん医療を変えよう委員会より
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また、お医者さんが言っている言葉で解らない事がたくさんあると思います。でも、なかなか聞くことが出来ない。そんな言葉の意味も説明していきたいと思います。
一人でも多くの方が私と同じような苦しみから救われれば・・・そんな想いを一冊に込めました。でもこの苦しみが私を奮い立たせてくれました。
がん医療の進歩により
あなたはがんから救われるのです。
あきらめないでください。
あなたには、彼女の分も生きて欲しいのです。
そして一日もあなたを待つ家、家族のもとに早く帰って欲しい
のです。
あなたの体はあなた一人の体ではないのです。
これ以上、家族の笑顔を奪ってはいけません。
このE−bookでは
- 名医の探し方
- 各々のがんの名医といわれる先生方と病院のご紹介
- 各がんの病期ごとの詳細と治療法
- がん患者と家族が知っておきたいがん用語の意味
- 症例数に基づいた頼れる病院ランキングBEST10
をお伝えいたします。
“この笑顔が忘れられない・ ・・・”
がん医療の進歩により
あなたは“がん”から救われるのです。
こちらも貴重な体験談です。
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医師との信頼関係 東京在住 塩坂 様
私は2000年の11月に手術をしました。病名は大腸がんでした。当時、ある広告代理店に勤めていたのですが、会社が合併したおかげで規模が大きくなり、健康管理本部という部署が出来たんですね。そこで検査を受けたら、週に1回ぐらい「早く病院に行きなさい。」とメールで催促されるようになったのです。さすがに「これはヤバイのかな?」と思って、先生に相談したら、3人ほど先生を紹介してもらいました。みなさん親切で、レントゲン写真を持って行ったら相談に乗ってくれましたし、その病院でも改めて検査もしてくれました。
そうしているうちに、だんだん「がん」という意識が薄れてきたんです。
ところがあるとき、名古屋に出張した夜に、いつにも増してすごい鮮血が出たんです。
「これはさすがにヤバイ」と、翌日の仕事をキャンセルし、東京にへ帰って病院へ行ったのです。最終的には20年来通っていた病院を選びました。 |
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セカンドオピニオンは必要不可欠 東京在住 篠原 様
私は2005年の1月に定期健診で触診を受けたとき「骨盤が曲がっている」と言われたのが最初でした。その年の3月下旬に血便があったので病院で検査を受けて「扁平表皮がん」と宣告されました。
病院からは、早期手術のために5月初旬の入院を勧められたのですが、主治医と相談して、
国立がんセンターでセカンドオピニオンを求めることにしたんです。
再検査の結果、手術ではなく抗がん放射線治療を勧められたので、がん体験のある親戚や友人と相談して放射線治療を受けることに決めて、5月初旬に国立がんセンターに入院しました。一週間で退院して三週間おきに4回治療を受ける予定だったのですが、白血球が初回治療前の2900から1500に落ちたので、治療が大幅に遅れて9月中旬までかかってしまいました。そして10月中旬に最終検査があって、治療完了を告げられました。 |
“家族の待っている楽しい我が家に帰りましょう”
そして、ガタガタになつた身体、ズタズタになった自信、
ボロボロになった誇り・・・。
病院で失ってしまったものを、今一度取り戻すのです。
かつての健康な自分を思い出しましょう。
元気を回復しましょう。
すべてがここから始まります。
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がん病棟からの生還
“
がん”と の 戦 い !!
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名医 と の 出 会 い
――
“より優秀な医師や病院を選択しよう”

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“がんとの戦い”―名医との出会い―

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彩 企画 代表 三浦 節子
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